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アクティブシニアのコンパクトなエコ生活

ゼロウェイストを目指すエコピープルでアドラーな Miketoyの85点人生のライフスタイル

社内にいるような街

Takamatsu

私の今の上司はこの4月に新卒で入社したばかりワカモノ社員となった。かつての部下が上司に・・、そんな時代になってしまって、私自身も驚いている。それはさておき、会社員時代に同じビル内で他の関連部署の人達と調整の仕事がしばしばあった。同じ会社の人となると、お客さんとは違い、気構えずに済む。但し、他部門であるから、ある意味ではお客さんの時と似た多少の緊張はある。同一部門の身内との中間的な位置付けと言える。その後も互いに同じ会社の人との認識と組織での役割の認識程度はあるが、それだけだ。同僚らとの飲み会の席は苦手だったから、互いに近すぎない関係で、私にとっては結構、心地良い距離間であった。

 

ここ42万人都市でコンパクトな高松市に引っ越してきてからは、類似の感覚を味わっているなと最近になって気づいた。街を歩いていても会社の同僚が向こうの通りを歩いていたりする。こんちわーと挨拶して終わり、深入りはしない。別の同僚だが、郵便局に自転車でスイーと出るところだったり、車に乗って曲がろうとする自分の住むマンションの管理会社の担当営業だったり、自転車でスイスイ南に向かうすれ違った人やのは信号待ちで見かける車だなと思うとマンションのお客さんだったり、ユニクロでスポーツクラブのインストラクターに出会ったりと言った具合だ。こちらが気づいて相手は気づかないことがあるのと同様に、私が相手に気づかない場合もあるだろう(人の多過ぎる大都市のように、気づかないふりを・・というのは少ないように思う)。いつ出くわしても不思議でも何でもない街の大きさだから、しかめっ面をいつもしているとまずいという気がする。マンションを一歩でも出るときはだらしない格好はしないようにしようとも思った。

かつての日本の田舎のような周囲は顔見知りばかりで人も少ない地だと、普段のままで安心して暮らせるデフォルトはYes、身内のままだろう。東京のような大都会だとそうはいかない。知らない人ばかりに出くわすのが通常だ。だからたとえ同じ市に住んでいることがわかっても、匿名性がありすぎで共有意識はやはり少なく、知らんぷりが基本だろう。デフォルトはNoの関係で、挨拶もせず、互いに他人のままで孤立化しがちかもしれない。

勤務先の会社でも、スポーツクラブでそうだが何らかの関わりのある人も、私と同じ「高松に住んでいる」という共通のコミュニティの場で生活しているんだなあと、ちょっぴり嬉しさがある。これは、まさに社内の感覚と似たところがあり、他人だけれど少し近い感じがするのだ。

将来、介護してもらうのもコンパクトな社内にいるようなこの街の人に委ねるようかなという気がしてきている。