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アクティブシニアのコンパクトなエコ生活

エコピープルでアドラーな Miketoyの85点人生のライフスタイル

人生の幕を下ろした時の国民栄誉賞

イチロー国民栄誉賞を「人生の幕を下ろした時に頂けるよう励みます」と返答し辞退したという。カッコイイなと思う。退職金や功労賞みたいなものだから、普通の人なら、状況がどうであれ貰えるものなら貰っておこうと考えるだろう。さもしい私もそうだ。

ただ、彼にはこれからの第2ステージでの仕事が始まろうとしている。だから、早いなと思うのもある意味では納得できる。こんな賞を貰ったら、急に老け込むと(彼自身も思っているだろうと)思う。

もう一つ考えさせられるのは、「人生の幕を下ろした時」の意味だ。第2ステージが終わったらどうかとも関係するのだが。何らかの活動をしている時は、それに取り組もうとしているわけだから、消極的な「人生の幕を下ろした時」ではないはずだ。

人生の幕とは何か、生きている間のことだろうか。完全にリタイアした時だろうか、でも残りの時間はあるはずだ。その時はかなり死に瀕した時だろうか。その時は、国民栄誉賞をもらうかもしれないということか。自分がわからなくなった時だろうか。認知症になった時かもしれない。その時は、栄誉の意味がないと言えばない。

つまり、俺の目の黒いうちは貰わないということで、生きているつもりのときは要らないと言っているような気もする。意識のなくなった後は、栄誉を称えてくれても良いということではないか。同じ野球選手で松井秀喜国民栄誉賞を貰ったのは、早すぎたのではないかとの気もしてきた。「品格」だろうか。松井がないといっているわけではないのだが、それがイチローらしさである。まだ働いているから現役の気持ちはあるものの気持ち的にはリタイアで品格の欠ける私には、現役とリタイアの狭間を考えさせられたことであった。

Ichiro