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アクティブシニアのコンパクトなエコ生活

エコピープルでアドラーな Miketoyの85点人生のライフログ。 “丁寧な生活” を目指すライフスタイル

なぜうちの子が・・?

Persone LGBT e media nell'era dei diritti - LGBTs in the media

高齢者の自動車運転のミスなどにより痛ましい事故が続いている。残念なことに、世の中で安全な場所は少なくなって常に身構える必要のある社会に至っているようだ。その際に、事故で残された被害者は、なぜうちの子が、こんな風にならなければならなかったのかと、親の立場の発言はよく出てくる。子に限らず、愛する配偶者、親やきょうだいでも同様であるだろう。事故に至った真の理由を知りたい・・も同様によく聞く。心痛は察して余りある。

でも、“なぜ (他の子でなく)うちの子が・・ねばならなかったのか” という箇所に毎度ながら若干の違和感がある。他の子であれば良かったのに・・というニュアンスも含まれているような気がしてしまうのだ。残された近親者の気持ちは感情的にはよく理解できるのだが・・。

また、本当の理由を知りたいとか言うが、知ってどうするのだろう。再発防止策の策定のためとか、墓前に報告するとはよく聞く話。でも、本当の理由がわかったとして、それで当事者は納得できるか。到底そうは思えない。たとえ知ったとて、時計は後戻りできない。

困った加害者の絶滅は、今の緩くなった世の中では無理なのでは?とすら思う。世の多くの事象は偶然の産物の積み重ね。事態をただ受け容れるしかなく、運命も変えることはできない。こんなことを言えるのは、当事者でない距離ある第三者だからだろうとは思うけれど。