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品ある紳士らしき丁寧な暮らし

エコピープルでアドラーな Miketoyの75点人生のライフログ

私の今は貧乏とは程遠いね

dis(re)choosing Plato's paradigms . .

夫婦2人で月々14万円の基本生活費でコンパクトに暮らしている。ほぼ平均値的で普通だと思うが、ブログ村での同世代の人のブログ記事などをいくつか拝見すると、相対的には低い方だと思う。もしかしたら、国の言う国民の最低限度に近いレベルの生活なのかもしれない。でも、私は貧乏だとは全く思っていない*1。それはどうでも良い。他の人はどう見るか知らないが、気分的にはどちらかというとリッチな方かなと思っている。そんなに根を詰めて節約しているつもりもなく、普通に暮らしている。年間では、基本生活費は月々14万円の12ヶ月分で170万円。決して恥ずかしいことはないから、毎月の収支会計はオープンな記事としている(どなたかのお役に立つことを願っての共同体感覚である)。

リタイア直後は果たしてこれで老後の生活が維持できるのか、とても不安であったが、何年もこの体質でやってきているので、このところ自信がついてきた。そうできるポイントは何か。収入を見過ぎないことだ。そして、支出は可能な限りミニマムラインを狙うこと。いくら収入があっても、ミニマムでコンパクトな基本生活費で暮らす。これに尽きる(ゆえ、私のブログでも、基本的には毎月始めに前月分の支出しか記述しない)。収入がそれ以上にあれば、それは貯蓄できる(私はもう不要だけれど)。収入がそれ以上ならば、収入の金額まで使って良いのでは?と人々は思うようだ。それでは貯蓄できるはずがない。収入が途絶えるとあたふたするのは目に見えている。

基本生活費の他に、義務としての必須の税金などの支払い、こちらは私は多い方だと思うが、別の記事にもしているように社会保険などで年で約100万円だ。

その他は、旅行やIT関連、冠婚葬祭を含めた娯楽特別費で年に約100万円であり、それも記事にしている。旅行は今年も、出雲大社伊予灘済州島に行ってきた。今年の後半も、中国武陵源屋久島クルーズに行く予定。今年は数十万円超えるだろう。削減しようと思えば、旅行を止めることだが、既に十分引き締まっている家計体質のつもりで今は余裕があるから、旅行の制限をかけていない。そもそも、行きたいところは減ってきていることもある。

 

一方で、貧乏と言われる状態はどんなか。何かを我慢している状態だろう。それはストレスにもなる。歯が痛い、でも医療費のことを考えると我慢しようというのはとても惨めだ。身体の痛みに耐え、不便なリフォームされていない自宅で痛みとともにやむなく暮らし続けるのも惨め。暑さ、寒さに耐えるのも辛い。また、食べたいものがあっても、指を加えるだけで食べられなかった私の子供時代は貧しかった。行きたい学校へも行かせてもらえなかった。住処もボロ屋で、友人を招待するのは恥ずかしかった。親はお金を、もしもの時のためにと貯金をして蓄えていたようだが、子に消費することはなく、ともかく生活は貧困と言わざるを得ないかった。私の小学生頃のあの時代は、miketoyの親の家だけでなく多くの家が同様に貧しかったはずた。今でもあまり思い出したくもない嫌な時代である。

だから、収入を他者のそれと比べ、よりお金のある人に劣等感を抱いたり、より厳しい状況の人への優越感、同じ程度の人との傷の舐め合いは止め、自分の過去の時代とだけ比べよう。シニア世代の人なら同じような子供時代を過ごしてきた人は多いはずだ。それで今の時代の良さはわかる(忘れてしまった人も多いが)はずだ。

ともかく、その後時代は豊かになり、今は食べたいものも、寒暖も、行きたいところに行くのも我慢はしていない。リフォームもできる。エアコンもつければ快適に動く。だから、貧乏ではないと思っている。だから、貧乏や生活苦ブログに登録する気はさらさらないし、そのジャンルは見る気も起こらない。繰り返しになるが、そのポイントはコンパクトに暮らすことである。

Rich - Poor

*1:貧乏だという言葉にはネガティブなニュアンスがある。使っているとクラくなるし、“貧乏”が近づいてきそうだから、なるたけ使わない方が好ましいのでは?と思う