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アクティブシニアのコンパクトなエコ生活

エコピープルでアドラーな Miketoyの85点人生のライフログ。 “丁寧な生活” を目指すライフスタイル

アッシー君は拒否、親娘でやって!

車に乗っていた当時は妻の送迎や買物のため、アッシー君をしょっちゅうしていた。今は自家用車がないのでできないが、最近もレンタカーを借りて、義母が施設入居のための下見や引越し時にタクシー運転手としてアッシー君をしてあげた(依頼されたわけでなく、私からの提案・申し出である)。他にも何度か病院まで行って付き添ったこともある。実際、大した負担でもないので、その手の送迎など、私のできることはしてあげても良いと思っていた。また今後も何かあれば同様な支援は可能なので、会社にも介護休暇(無給)取得の為の申請書類を準備してもらってまでいる。

Taxi Driver

ただ、その義母の支援で、子の娘達が自分の主張ばかり中心で、なぜ義母の真意をわかってあげようとしないのか不思議でならないこともしばしば。その妻姉妹の関係が壊れそうな状況にある。このところの日韓関係の悪化と同様で、心底のところで仲が良いのかそうでないのか不明だが、限界状況の時にそういったことは得てして顕になる。

細かいことまで聞いていないが、お盆期間に義母が実家に帰りたいと言っていた。もう片方は、この間は帰省してご当地に数日は滞在しているはずにもかかわらず、泊りがけでの支援を拒否。「xx日 xx時、それも日帰り夕食前まででお願いします」との一方的上から目線の通告であったようだ。(私は妻の言うことだけをもとに判断するに)負担はきょうだいである妻に一方的に任せっぱなし。介護を自分以外の誰かに押し付けられればラッキー!で、その方が楽だからだ。自分の手を汚したくないのだろう。そして、後で口だけは出すのだ。きっと、親にそしてきょうだいに対して、言えなかった幼少の頃の恨みが積もってヘソを曲げているのだろう。そのような感情的なもつれが発生するのは私もよく理解できる。

私もいずれ似たように子から扱われるのだろうかという想いはあり、覚悟はしている。でも、あんた達は親娘だろう!と言いたい。なぜ親子の身内がせずに、他人の私がアッシー君をしケアをせねばならないのか、純粋に私の良心からの無償の善意な行為につけこんで・・と納得がいかない。だから、今回はアッシー君は断固拒否した(と言うか、前回のような申し出をしなかった)。勝手にやってくれ、俺は知らん!という態度を貫いた。義母が可哀想になあという思いはある。結局、タクシー利用で妻の立会いにより、昨日から遠路、実家に向かい、数日の実家へのお泊りとなるに至った。

 

映画の「万引き家族」のような関係かもしれない。以下は一月前に視聴したその映画評。細かいところは覚えていないが、 “私達は何で繋がっているの?” に対して “お金!”と冗談とも本気かわからない言い方をしているところがあった。他人ならそれもわかるが、実の親子なら違うのでは?と言いたくなる。視聴直後には消化不良だったのが、だんだんとこなれてきた。やはり、あれはまずい。いっときの(偽)親子の情はあるだろうが、それはあくまで情であって、家族の愛の関係ではないのではないか。決して100%ではない。たとえ1%程度でも、情は残っているかもしれない。それが最後のエンディングのところだ。残り99%がたとえ受け入れ難くてもである。その1%だけを針小棒大にして美化するのは間違っているのではないか(でも、そういったところが映画の面白味でもある)。逆に真の親子も1%程度の理不尽なことはあったかもしれない。でもそこだけ捉えて親をバッシングするのは同様に片手落ちで、残り99%は愛があったのではないか。それを親子なら忘れてはならないと私は思うが、確かに親子関係もきょうだい関係も偽だとしても微妙でとても難しいもの。