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アクティブシニアのコンパクトなエコ生活

エコピープルでアドラーな Miketoyの75点人生のライフログ。 “丁寧な生活” を目指すライフスタイル

妻のアナーキズムにアドラーは降参

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私はアドラー派、そして妻はアナーキズムである。アナーキズムについて、もう少し解説を加えると、法やルール*1がないのが特徴だ。でも無意識的な暗黙のルールは存在する。また、ルールは意識化してはいけないし、ルールを成文化するのを嫌がる傾向がある。家庭内に多く、夫婦や親子間の取り決めをしようとすると、「そんことはわざわざ言葉にしないでも、理解し合うべきだ」と言って抵抗する。きょうだい、親子トラブルに関係するこの2日間の記事も、妻の家系(に限らず多くの日本の家庭でも同様だろう)のライフスタイルが根本にあり、そこから派生していると私には思える。甘え–思いやり構造 の母子関係的縦の関係のライフスタイルの産物である(野田俊作アドラー心理学トーキングセミナーか下記の本を参照のこと)。

性格は変えられる (アドラー心理学を語る1)

頭でわかったことを現実化するには、そのわかったことを実践することが不可欠。私達人間はテレパシー能力は備わっていないから、主張ははっきり言うべきだと思う。一方で、アナーキズムは、「そんなこと言ったって・・」で終わる。その「・・」がよくわからない。そこで問い詰めても、まともな返事が返ってこない。今までもずっとそうであったので、真意を理解できない。今後変わる可能性は皆無ではないだろうが、今の状況からすると期待薄であろう。

私は状況判断は優れているとまでは言えないが、普通ではあると思っている。「・・」の空気が読めないわけではない(空気を読んでも、甘えだと思えば意地悪して無視することはしばしばあるが(笑))。

「・・」と曖昧にすれば丸く収まるわけでない。相手の解釈を任すという側面もありずるい。どう解釈されても、また伝わらなくとも良しという責任を負うわけでもなく、ただ甘えがあるのだ。ただの結論の先延ばしでは、後世の人が迷惑を被る。世の中にはそういう人も多いが、私は酷い話だと思う。主張さえすればよしと考える向きでは、早い話が自分さえ良ければ良い自己中心主義者なのだ。G7でもそうだったが、それが蔓延しているのが今の日本(だけに限らないと思うが)社会である。どちらの流れに残念ながら私個人はもう降参である。「アドラー」だけに限らず、「エコ」も「丁寧な暮らし」とも別次元である妻。私の尖ったそれらの部分の説得にはもう疲れた。その部分を理解してくれないのだから、私が相手を理解せねばならない。平穏な老後生活を望むとするなら降参せざるを得ない。アナーキズムの勝利、miketoyアドラーの敗北である。

*1:集団の作る関係のライフスタイルが作るルールには、ファシズム法とアナーキズム法、そして民主主義法の3つがある。前2つが支配–服従関係を軸とする縦の関係で、横の関係が作るルールがデモクラシーの民主主義。そのルールから社会の構造も、ファシズム社会、アナーキズム社会、民主主義社会の3種類がある。