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アクティブシニアのコンパクトなエコ生活

エコピープルでアドラーな Miketoyの75点人生のライフログ。 “丁寧な生活” を目指すライフスタイル

究極は「いるだけで幸せ」

元農林事務次官熊沢英昭被告に懲役8年の求刑が出たが、これに関しては以前にも記事にしたことがある。

アドラー心理学の考え方で、ピンとこなかったところの一つに、存在にYesを言うというものがあった。頭ではわかるが心底でよく理解できなかったし、リアル感も欠けていた。子は生きていてくれさえすれば良いというのは親の願い。究極はそうだろう。配偶者に対してもそう思うはず。孫がいたら同様に思うはずだ。本音で言うと、私の場合はその範囲までだろうか。

きょうだいとなると、少し怪しくなる。そこまでは(今は)私の範疇ではないとの思いからだ。もっと関係の薄い他人なら尚更だ。義母のような関係でも同様なことは言えるのだろうか。情はないから「いるだけで幸せ」の域では全くない特別サービスでしかないが、同じようなことは言えるのかもしれない。

私は、付け加えていうならば、彼らが幸せであって欲しい。生きていても不幸せであったら、親としても辛いし、子自身もそうだろう。どうせ生きるのなら、幸せであってというわけだ。だから、もし不幸であったら・・と考えると辛い。

ただ、生きていることは決して当たり前ではない。それはその愛する人を失って初めてわかること。私も頭で想像するだけでしかないし、そういうことはあって欲しくない。でも、不可抗力の外力で不運にもそういう目にあってしまった人に出くわすこともある。そういう方に、下手に同情の意を表したり介入するのは迷惑千万なことなのであろう。

Happiness

熊沢氏の話に戻す。検察側は、「被告は強い殺意に基づき、不意を突いて一方的に攻撃した、主治医や同僚らに相談することもできたとし、他に解決する手段があった」と主張したという。被告は、「罪を償い、息子があの世で穏やかに過ごせるように祈りを捧げることが私の務めだと思う」と述べたと言う。

その状況でああいった行為を行わなければ良かったと反省しているだろうか不明だ。もしかしたら、「いるだけで幸せ」でなかった今の結末に安堵しているかもしれない。でも8年の罪は、凶暴性もないのに重過ぎると私は思う。76の年齢ならそのまま、あの世へ・・を意味しているようにすら思ってしまう。主治医への相談はともかく、同僚らに相談などと、検察側は軽々しく聖人君子のような建前論を言わないで欲しいとすら私は思ってしまうのだが。「主治医」という位置づけなのなら当然ながら熊沢氏も、子育ての失敗を含めて何らかの相談はしていたはず。その主治医の処方箋はいかなるものであったのだろうか。想像だが、「愛情を持って接して」、とか「長い目で見てあげて」とかの先延ばし、同僚なら尚更、他人事の反応しか期待はできない。「積木崩し」問題は未だ解けてはいないはずだ。流派が異なれば、「いるだけで幸せ」問題には異なった処方箋を出すだろうくらい混み入っているだろうし、綺麗事だけの正解はないはずと私は思う。

ともかく、犯人探しをしても何にもならない。最後の砦、ラストマンは、やはり親、それも怪しい場合もあるし、今回のような当事者になった時とか、やはり「(生きて)いるだけで幸せ」と思えるだろうか、私自身も想像がつかない。