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アクティブシニアのコンパクトなエコ生活

エコピープルでアドラーな Miketoyの75点人生のライフログ。 “丁寧な生活” を目指すライフスタイル

気持ちの欠ける親娘関係

仲の良い親子は関係が良い。当然なような気もする。関係が良いから仲が良いのだろう。私には妻の親娘、またきょうだい関係は傍目には良さそう見えていたが、実際には色々な確執があり、今日に至っているようだ。あまり良い関係とは言えそうもないが、似たような家族は少なくないかもしれない。比較すると、miketoyのきょうだいは決して悪くはない。

昨日の記事でも触れた、その義母の幸せを支えるためのお金は重要なことの1つ。しかし、それだけでもダメだ。精神面の気持ちはお金以上に大きいかもしれない。酷過ぎではないの?と思うことがある。子(娘)が親(義母)の世話をせずに、他人の私がしている*1のだが、それはまあ良い。1日10時間以上はゆうに寝て、さらに昼寝にネットとテレビばかりの生活なので忙しいはずはないのだが、まだまだ時間があっても母親が嫌いだから世話したくないという気持ちは同じ構造、その点は私は理解している。

やはり、その人とどのような関係を築きたいのかに尽きる。私はある人間関係で悩んでいた時に、アドラー心理学の大御所のN氏のカウンセリングをクライアントとして受けたことがある。その時に、その人とどういう関係を築きたいか聞かれた。意外だった。結論をブーメランで自分に戻された気がしたからだ。すなわち、良い関係を築きたいのか、あるいは他人の関係とか、胸に手を当てて問うのである。安易にその時の気分だけで判断を下してはいけないという示唆もある。

最大の問題と思うのは子や孫達は義母が「幸せ」に過ごせるという視点で誰も考えていないこと。実際の日々の生活は施設の人にお任せしているので楽チンだが、今や義母が幸せに暮らすための障害となる諸問題の解決への調整役はほぼ私になっている。私の関与する度合いも増えてきたが、それは私にとって大した苦ではないからそれ自体は問題はない。事実とは違うのだが、義母ご本人の目にはそう映っているという点で、この間の主張をそのまま具体的に列挙し、とった対策にも触れる。

 

まずは、老人介護施設に入った当時、娘にこの施設に入れられたのだと訴えていた(実際の最終決断は自分自身)。その上、娘達は滅多にこないし来てもすぐ帰ってしまう。外出許可も娘の許可がでない。電話もないし外との連絡手段も途絶えさせられ、まるで監獄に入れられているようだ。自宅に帰りたい、これでは生きていてもしょうがない、電車に飛び込もうかと思う、どうしたら死ねるかとも訴えていた。

もう思考能力の衰えてきた相手だから、私のできることは相手の想いを想像して、誤解を解き、前向きな提案すること。私の義母への提案の第1は、ケイタイを復活して持たせること。でも目も指も動きが鈍いし、操作の基本構造が理解できていないのでほとんど使いこなせていないが、安心はできたようで外部との隔離問題はそれで解決。

また友人の死去のお悔やみに行きたいという要求、実家のモノの運搬対応なども、提案の第2、代行でお手紙を書き会話をして、それをゆっくりとはっきりした声で伝えてこれもとりあえず解決だ。

また外出をサポート、病院への同行及び今後の車椅子、代理の会話は今は(妻が根をあげたので)私がしている。提案の第3は、その種のショッピングを車椅子で行く企画をし初めて実行。今後の頻度は、次の点と関連し別途に考える。

さらに提案の第4は、買い物などの利便性をさらに高めるべく車椅子で乗り降りの容易なスロープ仕様の車を手配し、誰かが運転をして周囲がサポートすること。 その第4の車の購入の問題が(ビジネスの問題として)解決ついたと仮定した上で、具体的にどう運用をしていくかも次の問題となる。当然ながら、老婆は自ら運転ができる人ではない。妻も自ら運転するつもりはないので、それは自ずと私に回ってくるがその日常の運転手配と、自動車任意保険、駐車場料金は誰が払う?など、どうサポートしていくかといった細かな詰めごとを決めなくてはならない。他人の私にまで影響が出てくるのは必至。

妻のきょうだいでは誰もリーダーシップをとらないから、渡りの舟を出してかつ漕ぐのも私になりそうだが、乗りかかった船というか自ら作り始めた舟とは言え、ことと次第によっては壊すかもしれない。そうなれば後は、気持ちの欠ける彼等同士で何とかしてもらうこととなる。

In a flower shop

*1:その間に、子はひたすら自分の趣味(ジムでの水泳で技量をあげること)に勤しんでいる。私には良く理解できないが、趣味に勤しむのは全く問題ないし、できるだけしたら良いと思う。