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品ある紳士らしき丁寧な暮らし

エコピープルでアドラーな Miketoyの75点人生のライフログ

パチンコする人を責められない

県境を超えてまでパチンコをしに行く人がいて、インタビューなどでも暗に咎められている。他のサービス関連の店も自粛要請で締めている状況なのに、なぜパチンコ屋が許されるのか、退廃的だとすら行く人や店を軽蔑していた。

と言いながらも、もしかしたら自分でも同じかもしれないと思い始めてもいる。私もこのところジムが閉まっているので運動不足、運動をしたい欲求を持って行くジムも似た関係のようなものかもしれない。ジムが営業して開店していれば、私も実際には行っているし、(会費を払っているから元をとらねばという品のない助平心は別にあるとしても)今後も通うだろう。

パチンコ屋は一時のプレイ料金はいるとしても月会費はかからないから利用者にとっての敷居はさらに低いから、多少遠くても楽しみのため・・という心は理解できないわけではない。

 

山梨県内の実家に帰省中であった東京在住の人が、自粛要請中にもかかわらず高速バスを利用して東京に戻ったとか、登山禁止の山で遭難しヘリで救助など、この種のことは今後も後を絶たないだろう。一億ではないにしろ、総バッシングを浴びせる相互牽制の雰囲気すらあり、怖い気もする。

需要と供給があり、それを調整するメカニズムとしての市場の存在があることが前提になれば、今回のような新型コロナウイルス規制化では店を開店してサービスを提供していること自体が問題になる。とすれば、こういうご時世にやはりサービス営業をする「供給側」が悪ということになる。需要を起こす「利用側」は直接的には責められないということになるのだろうか。欲求を持つこと自体がいけない・・などとなると、一億総修行僧のようである。「市場メカニズム」の前提自体の見直しに疑問を呈することに至り、今の世の中の根本が揺らぐことになる。混沌としたわけのわからない世界になってきているなと感じる。

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