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品ある紳士らしき丁寧な暮らし

エコピープルでアドラーな Miketoyの75点人生のライフログ

誰も責任をとらない、効率性無視の大きな政府

昨日の新聞で次のような記事があった。f:id:Miketoy:20200530054230j:image

あるべき社会や政治の方向性の議論はとても重要と思う。それをしないで、小手先の議論だけで終始してしまうことも多い気がずっとしていた。

党の代表になるような人は弁護士出身などの人も多く弁の立つばかりだ。野党の政府批判の殆どは、私ももっともだと思うし、国民の思う素朴な疑問を代表していて支持したいが、政府からは総花的な姿勢の話だけだったり、ご飯論法でかわしたりで、疑問に即した答えはなかなか返ってこない。結局は曖昧な答弁のまま終わり、国民もそのうちに忘れていく。

上記の新聞記事での野党第1党の立憲民主党が行おうとするものだから、それだけを聞くと、なるほどな、凄い説得力のある人だなと思うのだが。この記事を読んで、やはり飛躍し過ぎと思った。それを今回は記そうと思う。

 

ここで問われるべき論点は3つである。論点をすり替えてはいけない。

まず第1は、誰が責任を取るかという点である。

日本は集団無責任体制が多いと思う。もっと責任を明確化すべきと思う。政府の責任もそうであるし、そして個人の責任もそうだ。これが曖昧だと、同じようなことはまた起こる。迷惑を被るのは誰か。政府ならば受益者は国民になるのだろう。個人には責任は一切ないというのは私はおかしいと思う。

話を戻して、「責任」と「共生社会」とは別の次元の話であり、直接結びつけるのは誤りだ。共生社会に今の与党の人でも多くは反対はしないのではないか。

二律背反ではないので、これは論理が飛躍し過ぎる。自己責任環境下でも互いに支え合う社会との両立はできるはず。それを部分だけで判断し、別の選択肢で決めつけるというのは如何なものかである。過度の自己責任は問題だが、程々の責任は必要である。誰も責任をとらないことこそ問題である。その「責任」は義務と権利の関係するかというと少し異なる。この辺は難しいが、下記の野田俊作氏の本に書いてあるので省略。

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第2の論点は効率性だ。未来志向の分散型社会との関連が不明だ。以前の国鉄電電公社、郵便局などの効率性を無視して、すなわち無駄があっても努力してなくそうとも思わない風土があったと思う。鉄道に乗る時には、頭を下げて切符を買わせて頂いたのだ。まさに今だけ、金だけ、自分だけであったのではないか。民営化により、JR運賃はそれ以上に上昇しなくなり、付帯するサービスも良くなった。客の観点からすると、役所やNHKなどももっと効率性を高めて欲しいと思う。もちろんそこで働く人にとっては、キツくなるのであまり嬉しくはないだろう。でもそれはサービスプロバイダーなのだし、お金をもらって働いているのだろうから、お客様の立場に立った効率性重視は必要なことであると私は思う。

第3の論点は政府の大きさだ。信頼できる機能する政府、これも彼等は信用できない、私達は信用できるはずと言っている構図に思える。政府不要論を主張する方もあるけれども、今回の新型コロナウイルス問題のような時に旗を振る政府や役所の存在価値は大いに認める。ただ、今のような政府は冗長性は大きくて、そのためのコストに見合わないと思う。費用は誰かが払っている。その原資は我々の払う税金である。二院制もそうだが無駄な国会議員を含めて、報酬も見直すべきではないかと思う。もっと金を増やせ、人も増やせで、先の効率を省みないのは問題だと考える。だから私は、小さい政府があるべき姿だと思うけれど。

 

かといって今の政府の方向性が良いとも思っていない。是々非々であるべきと思う。どうも極端な論者は、安倍首相が嫌いなのはわかるが、息を吐くように嘘をつくと言われたりの100%悪だというようなバッシングをする。でも、世の中にはもっともっと悪い奴はいっぱいいるし、そこまで悪者ではないだろう。問題は少なくないけれどマシな方だと私は思うけれど。

そう批判ばかりする人は、自分が今の首相のようにできるのかを問うてもらいたい。できもしないことを人に押し付けるのは良くない。自分ができないからとの英雄願望は理解できる。でも、それだとヒトラー出現を望むようなものでもあるから注意しなくてはならない。この世に完全な人はいるはずがない。

 

野党が政権を取ったって、反対意見をいう人は異なってくるだろうが、また同じような現象は起こる。政権の変わることを期待していた人でも、こんなはずではなかったと後悔することもあるだろう。基本は誰が政権を取っても対して変わらないであろうと私は思う。