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クリーンでグリーンな主夫生活

エコピープルでアドラーな Miketoyの75点人生のライフログ

公教育に対する不満の爆発

(いじめ問題の続き)

 教育に関しては多くの人が一家言あるだろう。私も例外ではないし、私が注目している橘玲氏も、この分野の専門家でないものの、この件に関してツイートで意見している。


「朝日新聞。大津いじめ自殺で『「けんか」大人は動かなかった』。問題は公教育という制度にあるのだから、大人(教師)を倫理的に批判してもなにも解決しない。」

 

大津市のケースは学校や教育委員会という組織が、いじめを本当に認知していなかったかが焦点だ。再発防止対策をどう具体的にとるのかは不透明であり、来年1月をめどに報告書を作成とのことだが、実にのんびりしたものだ。誰がキーパーソンかというと、まずは担任の教師であろう。しかし、個別案件で現業をしている教師だけにその責を負わせるのは可哀想だ。そうさせている構造にも大いに問題がある。そちらは、責任ある校長や教育委員会長以上の、場合によっては文部科学大臣レベルの、かなり高位の実行計画を指示し責任を持てる立場の人でないと、本質的な解決は無理だろう。だいたいそういう方々は、現場のことを知らないで、とんちんかんな対策を打ってお茶を濁すことがある。

公教育への批判はいろいろある。思いつくところでは、行動のスローさ、臭いものには蓋を的な体質、金銭感覚の欠如等々があるだろう。教育を受ける側は、やむを得ぬ選択の結果として、公教育には期待せず、私学や塾にやったりする場合もある。公教育に携わっている人達には、子どもの親達から学校当事者に対する不信任案をつきつけられているとの認識は殆どなく、公務員という身分に甘えているように思える関係者も少なくないように思える。

また、いじめを発見したら教師に相談せよという。子ども達が担任教師に「いじめ」のことを含めて相談しないのは当然である。なぜなら教師は「信頼されていないから」である。そんなことは、親も子ども達は、みんなわかっている。それを正直に言うと、教師が傷つく、あるいは報復を受けるから黙っていると思う。
ともかく、教師は倫理的に批判されるに値するので、自己批判をして欲しいが、それは期待できない。だから公教育に問題が起こると、待ってましたとばかりバッシングを受けるのだと思う。その種のムードができると、不満を持っていた中間層の人々は、ワルモノと見なされる教師や学校をいっせいに叩く。よく見かける現象だ。

これまた一昨日記した「いじめ」の構造そのものだ。直接の被害者・加害者でない傍観者は、よくぞ不信感を抱いている私達の意見を代弁してくれたということでバッシングを暗に支持し、公教育いじめに陰ながら加担する。

***  アイビーの間に顔をのぞかせる2匹の蝶のように見えるハツユキカズラ

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