クリーンでグリーンなリタイア生活

エコピープルでアドラーなリタイア人 Miketoyの75点人生のライフログ

私を信じて! の思い出

昨日のエントリー「私を信じて!」で思い出したことがある。私が第一ステージ(会社員生活)から第二ステージ(大学教師)のライフスタイルに移行途上、すなわち会社員生活に近々ピリオドをうつつもりでいた頃のことである。移行したい気持ちは強くあっても、将来を見通せないまま、悶々としていた1月か2月の日だった。
ある地方都市の案件を応募して、第二ステージに向かう道が開いた。最終面接だ。そこで、学校の最高責任者とも面談した。採用時期は約束はできないが、再来年には採用したいと言われた。国立の学校なので、予算編成など単年度のみしか確約できない権限のない事情はわかる。でも、来年ならともかく再来年の採用見込みの口約束だけで、今ある職を辞するのはあまりに不安だ。具体的条件の提示もなかった。そこで、私は少なくとも再来年度での採用だけは文書で確約して欲しいと申し出た。なんせ下手をすると路頭に迷い私の人生がメチャクチャになるのだ。しかし、「それはできない。私を信じて!」のような回答だった記憶がある。
あなたも変わってしまうかも知れないではないの? と梯子を外される可能性を家族を養う必要のある私としては考慮せざるを得なかった。その後のメールの返信でも、あまり熱意の感じられない玉虫色のそれであった。今まで面識のなかった人のその言葉を、私は完全には信じていなかったのだろう。
会社員生活の限界も感じていた頃なので、一生涯の賭けに大いに悩んだ。私の全く学んでもいない「文化人類学」や「国際関係論」を教えるというのも負担だった。でも、他に選択肢はなかったから、とりあえず信じることにして対応しようと思った。その後、二ヶ月くらいして、別の所からの機会に遭遇した。採用のタイミングは同時であった。そちらは私学でそこの理事長とも会い、トントン拍子にことが運んだ。そして、前者には6月頃に丁寧にお断りのメールを入れた。結果的に、「私を信じて!」の言葉を信じなかったのだ。そうしたら後者から、今一度再考してもらえないかと何度もお願いされたが既に遅かった。結局のところ再度、公募をかけることにしたそうだ。
後に、取り持って頂いた方を介して「信じてもらえなかったのは残念だ」とその責任者は言っていたということを間接的に聞いた。私も多少の罪悪感と「信じられなくて」ゴメンと謝る気持ちは重々あるし、今でも申し訳なく思う。後で思えば、そちらにいっていけば・・と思わないこともなくはなかった。
しかし、あのときの私の判断としては致し方ないと思う。その間に、世の環境も先方も事情が変わり得る。そのときダメになれば、訴訟とならざるを得ない。そのために私は文書での確約をお願いしたのだった。結果的に気持ちを理解してもらえなかったのかもしれないし、私の不安を払拭できなかったというか、しなかったのだ(今の私が先方の立場だったら、異なった対応をしたと思う)。そのような自分の生活がかかるギリギリの所での「私を信じて!」に対する判断と、7年後の開催地を巡る判断とでは、少なくとも意思決定者にとっての真剣味は大きく異なるだろう。
それはともかく、今回の東京オリンピック誘致成功は、相手の持つ不安に対して、様々なケースをシミュレーションし、どうすれば最適かのきめ細かな対策がされていたのだろうと推測する。この勝利を勝ち取るまでは、本当に大変なことであったに違いない。
  
(どうも、この内容の適当なカテゴリーがない。今回「回想」の新カテゴリーを作成した)
 
*** 秋の緑葉

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