クリーンでグリーンなリタイア生活

エコピープルでアドラーなリタイア人 Miketoyの75点人生のライフログ

論文とブログの共通するところ、異なるところの私感

ブログでも同様だろうが、論文を書く際のタイトルのつけ方はとても重要である。ブログ検索で多くのヒットを目指すのならば、キャッチコピー的なタイトルが必要になるが、論文では奇をてらう必要はないし、それをすると逆に嫌われる。一言で言うとという究極のサマリーがタイトルになる。難解な論文でもそれが標準的な構成になっていれば読み方はある。論文のはじめにと結論の章を読めば主張はわかるはずだ。なぜその結論に至ったか、その根拠を知りたければ本論を読めば良いというわけだ。
対象は、自分のために書くわけではないし、一般向けでもない。研究者に向けで書く。しかし論理的でなくてはならない。青年の主張のような、私はこう思うの一点張りで、どうしたらそれを支持しうるかの論理や根拠が不明確な論文も稀に見かけることはある。実際の世の中の問題では、「情」に訴えるほうが効果的で良くある話だが、本来の論文はそれではまずい。
 ブログを書いていると、中味は個人の責任だ。しかし、他者を傷つけない限り、内容については無責任でも誤りがあっても許される。所詮、その人の意見でしかないから。その一例。今ではTPPはほとほどの人は理解していると思うが、昨年くらいだとTTPと書いている人を何人か目にした。音の響きが似ていて、何の略かも不明な馴染みの薄い段階だったからだろう。勘違いしていると、ずっとそのままで書き続ける。外部から見ると、若干見苦しい。論文では紙で永遠に残り、固定されてしまうので後世の恥さらしになる。
ブログでは、後に何度でも修正ができるのでありがたい。ネットの世界では教えたがりの人は結構いる。とはいえ、コメントをする側も、気づいてもわざわざ教えるほどではないとコメントを遠慮することも多いだろう。私もしばしばあるのだが、何のフィードバックもなく、誰からも誤りの指摘を受けないと、恥さらしのままになる。わかれば、あとで直す機会はいつまでもあり、ミスの証拠を隠滅できるのはブログの最大のメリットだ(笑)。
但し、後になって、あの日にこの記事を入れたいと思ってもできない。エントリーしてその枠を確保しておかねば、後から該当の日への追加はできないようだ。だからブログではとりあえずエントリーしておく。間違っても、後に削除はできる。就活のエントリーシートのように、意思表示して申し込んでおく、まさに「ブログエントリー」なのだろう。
 
*** 昨日飲んだ貰い物の Paul Salignon Chablis フランスワイン。
高級なシロモノのようだが、私には猫に小判なのか、あまり良く味の違いがわからない。
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また昨日は中秋の名月でもあった。
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