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クリーンでグリーンな主夫生活

エコピープルでアドラーな Miketoyの75点人生のライフログ

なにがし教授の最後の学期

昨日からが今年後半の本格的なお仕事開始だった。一年で最も仕事に行きたくなる待ちわびる時である。私はダラダラした退屈な生活よりも、メリハリの効いた生活の方が生きた心地がする (だから、リタイア後が怖くもある)。

 

夏休みのだらけた気分から脱する後期新学期の初回導入時の授業は、受講生と出会い、教室も確定する、緊張感とともに身の引き締まる時である。
「計画好き」の私の場合は、その期に使用するテキストを決めた時に既に大枠は決定しているが、この初回授業まではまだ変更の余地はあり得る。

この時は、試験・評価を含めた 15回の各回での具体的な実行計画をアナウンスメントし「それで良いね?」と確認し、その場の雰囲気と学生の反応を見て「良し、何とか半年間やっていけそうだ」と手応えを感じられる、数少ない充実感を感じられる時である。

これからの半年の展開がここで全て決まり、その後はただ淡々と実行するだけとなり、ワクワク感はさほどなくなる。その計画段階も終わってしまったと少し寂しい。

http://www.flickr.com/photos/43608348@N05/4422230743

photo by Tulane Publications

 

さて話は変わるが、12,3年前だろうか、地方(といっても政令指定都市)のある大学で、授業をしていて、学生の反応が変であった。あまり本質的でないことに関して、記憶がそれほど明瞭でなかったので「なにがしかにがし」と言ってごまかした。授業が終わって、一部の顔なじみの学生が、どういう意味か私に直接聞いてきた。当時は、授業のコメントをもらうことにしていたのだが、その「なにがし」が、理解できないようだった。コメントには、「ナニガシって何がし?」というような言葉が多かった。

通じていない、もしかしたら、そんな言葉はなくて、私が勘違いしてずっと覚え間違いをしていたのだろう、あるいは関東方言なのだろうかと不安になって辞書を引き直した覚えがある。新明解国語辞典には、「確実にはわからない、(言えない)名前などを、『なんとか』と指す語」と書いてあり、間違った使い方はしていないはずだ。その地では理解できない言葉なのか?と絶望感というと大袈裟だが、そんな気分を味わった。

でも、ショックだった。私はそれまでは、比較的「なにがし」を多用していたかもしれない。なにがし教授と学生からあだ名がついたくらいで、とても傷ついた(笑)。

 

妻に意見を聞いたら、古臭い感じで若い人は使わない、使うのはおじさんだけだと言う。たしかに、周りを観察しても、そして今日のブログや新聞記事などにおいてもそうだが、私以上の年代の人達は、しばしば使っている。

比較して、30代前の若い人は確かに使っていない。代わりに、同様なコンテクストの時には「何らかの」とか「何かしらの」を使っている。それ以来、「なにがし」は使わず、そちらを使うようにしている。そんな言葉遣いの世代の違いは、他にもあるのかもしれない。もし、このブログで、なにがしと使いだしたら認知症の始まった時だろう(笑)。