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クリーンでグリーンな主夫生活

エコピープルでアドラーな Miketoyの75点人生のライフログ

お金が飛んで行く〜

昨日、財布にあった現金は788円とさみしい限りだった。
さて、私はいつも特定の非日常なこと (旅行などの一連イベント)が終わると、そのプロジェクトに費やした総費用を算出することにしている。細かいと言われるが、それでそのことは完了し、後は忘れることにしている。
今回の自動二輪免許取得プロジェクトでは、教習所の
基本料金6.3万円以外に、追加技能講習分で2.1万、急遽購入した中古原付本体と自賠責保険、任意保険追加を含み計13万、トータルで21万円強を要している(まだ本試験に合格していないので、結果次第でさらに増えるが・・)。
自分の能力不足の結末で
お金が飛んで行くわけで、安い金額ではなかったが金額の過多問題ではなく意味のある投資だったと信じている。いつもそのように意味があったと言い聞かせ、最後には自分自身を納得させる。人生の有意味感を持ち、後味を良くするためにそのような根拠なき思い込みを必要としている。

私の父親は鉄道会社勤務だったこともあり、私鉄やバス、ましてや自家用車は「敵」のように育てられた。1980年代にはご近所の家でもマイカーを持ち、庭の一部を駐車場にするような家を多く見かけた。そんなモータリゼーションに限らず (ローンを組んで持ち家をとか)、世の流れには乗れない保守的な親だったから車の免許取得代など払ってくれるはずはなかった。

その学生の時は苦学生だったが奨学金はもらえず、小遣い、授業料など全てアルバイトで工面したカツカツ生活で、免許取得代までを稼ぐ余裕は全くなかった。大学院に入ると、独立人とみなされるせいか親の年収に関係なく育英会奨学金がもらえた。その奨学金は(記憶が正しければ) 月額10万円弱とずいぶん高額に思えた。その奨学金分は、教習所料金で飛んでいき、残高は底をついていたはずだ。
その頃に普段は無口な父親が「(駐車場もないのに)免許をとってどうするのだ?」と言われて、ウルセーとは思ったが、無視したか反発したか記憶は定かではないが、そんなことだけは覚えている。

 
私世代は自分で稼いで免許を取った。そして子世代にまで資金援助をして免許を取るよう奨励までする人も多い。親からは援助してもらえず、でも子には援助する報われない可哀想な世代だなと思う(笑)。さらに親の面倒を見た上で自分自身の終活まですることも、全く同じような関係だと思っている。