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クリーンでグリーンな主夫生活

エコピープルでアドラーな Miketoyの75点人生のライフログ

親に関心を持たない子

今回のタイトルの「親に関心を持たない子」、それは私のことである。私の親はかなり前に亡くなっている。そして、因果応報で、我が子に於いても同様な気がする。

子はいつか親を評価するようになる。私も誰からも評価されない自由な立場から、今また評価されるような立場になった。仕事の関係では、子の年代に近い人からの評価されることに直面しているからあり得ることと観念していたのだが、今度は息子からだ。今までは、何だかんだ言っても、こちらは人生の先輩だ、あんたの通る道は全部お見通しで通過してきている!と自信を持って言えたので、ある意味では評価者の立場だった。今もそう思わなくはないの、その発想は年配者からの上から目線と捉えられるだろうし、傲慢な態度は残っているのかもしれないが、立場逆転のことも増えてきた。

 

一方で、身内なら、ビジネスと同じような、評価を気にしたり、周囲の人に気を使わせないでよと言いたい気持ちもある。私は、子の彼らにまでお客さんと同様な神経を使う関係でありたくない、自然でいたいという気持ちはある。それはある意味では、親という有利な立場の私の「甘え」かもしれない。振り返れば、その種のことで通じなくて失敗したことは公私で今までも何度もある。

たとえそうだとしても、ジコチュウかというのとは少し次元の違う話だ。自己中心的な考え方を決して押し付けてはいない。でも、NOと言わせない雰囲気が私にはあると言われるので、忖度と同じことかとも思う(苦笑)。我が子が他者の関心事に対する関心が薄すぎなのではということだ(その他者とは端的に言うと私のこと(笑))。私は、子の彼らの生き方、果たして幸せに暮らしているかは多くの親がそうであると同様に、大変に関心がある。どんな状況であったとしても、ご本人が幸せなら大変に結構だ。もし、そうでなければ親として力になりたい。

一方で、息子1、息子2、娘の誰からも、私はどのような生活をしているか、また何に関心を持っているかをこの十数年以上、聞かれたことがない。もちろん私のこのブログに綴っているような日々を知るはずもない。親に対して関心がないのだろう。振り返れば私自身も彼等の歳では、親に対して関心が少なかったから生意気なことは言えないのだが、これほどではなかった。同じようなことは私の兄妹関係に於いてもある。まあ、私の苦労は、同時に楽しみも兼ねているから、それ自体はどうでも良いと言えばそうなのだが。

 

まあ、親の機能を求められていないのは親の立場としては悲しくもあるが、それはそれで仕方ない。しかし、そうなると親というのは虚しいねと思う。一方で、60代の他の方のブログなどを見ると、孫のいる関係の方も多く、良好な親子関係の垣間見れる語り、関係性を見聞きすると、幸せそうで羨ましく思うのである。

Father Son connection