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クリーンでグリーンな主夫生活

エコピープルでアドラーな Miketoyの75点人生のライフログ

親しき中は礼儀なし?

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「親しき中にも礼儀あり」という言葉があるが、通常は親しい友人同士の関係で言うのだろう。(親しいとまでは言えないかもしれない)親子関係でも同様に言わなくはないかもしれない。先週の旧宅訪問事件での親子関係シリーズで思ったことの最終回である。

息子達に結婚するつもりがないか遠回しに尋ねた。息子1(36)は収入からしてできないだろうと、また息子2(34)は結婚する気がない、生涯一人で良いと言っていた。私は、頭で考えるだけでなく、体験しないとわからない世界、「幸せになる勇気」のことも言っておいたが通じていないと思う。次の世代に繋げることは見届けられないとするならば残念だが、それは彼等の人生だから止むなし。

また爺ちゃん婆ちゃんのように心安らぎ何でも言える気持ちと、親とは違うのだと言っていた。直接的利害関係、責任の関わらないリラックスできる甘えのあえる関係は当人同士では心地よいものであろう。でも負け惜しみではないが、(たとえ居心地は悪くなろうとも)きちんと育てる責任が親世代にはある。

アドラー心理学を学んでからは縦の押さえつける言葉は、私は(多分だが)使っていないと思う。実践を重んじるアドラー心理学を学んで以来、子に何かを頼む時に丁寧な言葉遣いをして、お願い口調でものごとを頼むことに私は留意してきた。そして、何かをしてもらったら感謝の表明をと。サボってしまうこともあるが、そうではいけないと戒めてはいるのだ。それは妻に対しても同様だ。それらはアドラー的な人間観に依る距離感に基づいている。縦の関係に基づく人間関係でなく、対等な横の関係を保つこと、それが愛のタスクにおいて求められる基盤だから。基本はビジネスのような礼儀、それが親しかろうが親しくなかろうが、人としてあるべき姿ではないかと思うのだが。そういった考え方は間違いではないと信じているし、今後も(多分?)変えようとも思わない(こういったところが強い主張と思われる要因なのだろう)。

でも、何から何まで事細かに伝えるのは疲れる。気心の知れた間柄ならば、前後関係から適当に忖度してよとも言いたくなる。時として親しき中にも礼儀ありを忘れる。なかなか思いが伝わらなくてしびれをきらすと、(理解不十分なまま)親の言うことが聞けないのか!と、強圧的に怒ったりしたこともあったが、今はもっぱら肯定的諦めばかりである。(相手を感情的に仕向けたりすると)化けの皮はすぐに剥がれがち。言葉だけでなく、根本に心がこもっていなくては、わかっていないのと同然だ。重要と思う内容を伝えたつもりだが、その相手には伝わっていなかったというのは、やはり落度は伝える側にある。十分に体得できていないからだろうが、この満たされない親子関係の悲しさ、減点10点を背負いながら、多分私は生涯を終えることになるのだろう。読者はそれを踏まえて、場合によっては反面教師として miketoy の事例に目を通して頂ければ良いのではと思う。

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