クリーンでグリーンなリタイア生活

エコピープルでアドラーなリタイア人 Miketoyの75点人生のライフログ

おはようございます以外の挨拶

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マンション管理人をしているので、今日の記事タイトルに関してどうしたものか、日々直面し、また葛藤もしている。おはようございます や こんにちはといった挨拶は、すべてのサービスの基本だ。仕事の教育時に「笑顔で相手の目を見て挨拶」と学んだ。当時はあたりまえのタテマエを言っているなと思ったものだが、意外と重要だ。“笑顔” の重要なのは以前の記事でも書いた今年の最大の発見なのだが、それ以外にこのメッセージにはもう一つ “相手の目を見て” もあるのだ。

仕事をしている手を止め、しっかりと相手の目を見て挨拶するなのだが、しばしばサボってしまう。仕事中という言い訳があるのだが、お客さんとの関係で目をわざわざ見ること自体が恥ずかしい側面があるのだ。というのも、入居者とマンション管理人はお家の人と奉公人あるいは使用人の関係という意識が私にはあるのだ。上下ではないとしても、言う人と言われる人の関係で、若干のコンプレックスが残る。

そこでは親しい会話は必要ないだろう。奉公人は奉公だけしていれば良く、挨拶以上の会話は要求されないはずという意識がある。何かに口出ししようものなら奉公人の分際で・・何を抜かすか!となるのは良く時代劇などで見た。当然の流れのようなものでもある。奉公人に名前は必要ない。その役割だけ果たしていれば良い。果たせなければ淘汰、すなわち、お暇となりクビになるだけのこと。

でも、何らかの会話をしていると、距離は縮まる。名無しの管理人さんから、管理人のmiketoyさんとなる瞬間だ。私も皆無ではないものの、どのくらいできているか心もとない。

この人でないとこうはならないから・・とまで言われるようになりたいものだ。以前にあるマンションの管理人さんが、定年でその職場を離れると言う時に、そこに住む入居者の多くが送別会を開催してくれたという話を聞いたことがある。人望があって凄いねと思った。私も最長であと7年、そこまでしてもらわなくても良いが、結果としてお客さんからそのような気持ちを持ってもらえたとしたら非常に嬉しい。サービス提供側の職業人の最期の花道として最高な仕事の終わり方だろうなと思うのである。