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クリーンでグリーンな主夫生活

エコピープルでアドラーな Miketoyの75点人生のライフログ

猪も犬も食わない何とやら

猪年の今年の抱負が特段にないこともあるが、初詣で願うことは何もなかった。学問の神様にお願いするような学運が良くなるものは関係ないし、商売繁盛もなくて良い。交通安全はあって欲しいが、それを含めて無病息災、家内安全、今のような平和な一年が続くことをひたすら願うだけ。しかし、2礼4拍形式にばかり囚われ、その時に肝心な願い事を忘れてしまった。だからというわけでもないのだが、円満な家庭に見える我家でも、きっかけは些細なことからなのだが、地雷のようなものを踏み、犬も食わない夫婦喧嘩で一触即発にすらなった。

その際の夫婦の関係の整理に、引越しの時に一冊だけ持参してきた下記の本だ。

アドラー心理学トーキングセミナー―性格はいつでも変えられる (マインドエージシリーズ 9)

アドラー心理学に傾倒している私のバイブル的な本なので、最中にまたまた読み直した。個人と集団の関係、集団のルール、家族のルール、無意識的なルールから共同体感覚にまで触れられている。夫婦関係でよくありがちなルールのないアナーキズムはやめて、ビジネス的に取り決め事項を決めて進めるということなのだが、「個人と集団」の章を良く理解してもらえない。

そこで、別の切り口からの代替案として、この本で触れている「権利」と「責任」の話として、落とし所としようとしたものの、私の意図しない返答であったりで、がっかりだった。読解力のない人ではないはずなのだが今まで通じていなかったこと自体が悲しい。ここでの共同体、集団とは、私と妻の2人のなす「私達」の生活。私の責任は、経済的な安定性と、ITを含めた持続可能なインフラの整備といったハードウェア的な役割(自ら行う行為)と思っている。妻の責任は、(不機嫌状態があるならそれを解除すべく)家を楽しい場にするという、ソフトウェア的な面での貢献(妻に期待する行為)なのでは?である。行為の優先順位ナンバー1は当然自分自身になるとしても、各自の責任への貢献に応じた権利を最大限に許容しあいたい。

上記本と内容は同じだが、今日で入手しやすいのは下記の本である。Amazonのレビューにもあるように、超絶賛9割に、批判1割だ。一般的な夫婦の葛藤などの課題解決のためには、当事者の2人だけでなく、中立な第3者を巻き込んだ方が好ましいものと言える。この9割の人と残り1割の人と会話は果たして可能だろうか?

性格は変えられる (アドラー心理学を語る1)

この本では「不機嫌なまま一緒に暮らす」というのは最も良くないあり方と記されている。結論の具体的な選択肢は「互いに好き放題で別々に暮らす」か、「仲良く一緒に暮らす」かどちらかである。前者もありだったが、後者に落ち着いた。ルール化という明示的で具体性を持った形にまでは欠けていた話し合いになったが、結局は私がアドラー的主張を少し控えるということで妥協。今回のトラブルは、なかったことにしよう、忘れようということにしたのだ。やはり、アドラー思想の日常生活での実践は難しい。