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クリーンでグリーンな主夫生活

エコピープルでアドラーな Miketoyの75点人生のライフログ

日本のセントラルパーク

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このところ通勤時に多少遠回りしてでも、栗林公園の背景にある紫雲山を見ながら通うようになった。東京近辺に勤めていた当時は街の景色はビルが多く良くないから、寄り道はもちろん、途中の風景は無視していた。信号は点滅の緑信号なら走って通過したものだ。目的地に早く到達することが重要で、それ以外は全て無駄な時間とみなしていたような気もする。

信号待ちで、この良く管理されている公園の季節毎に変わる眺めをみていると、待ち時間が気にならない。車の排気ガス規制がされているから、道路近くの空気もさほど不快ではない。信号は待ってみると変わるまで所詮1、2分くらい、急いでもさして変わりはないことがわかった。今まで、何でそんなに急いでいたのだろう。やはり、つまらない景色だったせいか。

その際に思ったことがある。今まで、麓から山をまじまじと見る機会はなかった。以前に野鳥の会で望遠鏡を通して、「あの木のてっぺんに〇〇がとまっているよ」とか言われて、鳥の姿を実際に見たときに、ああそうだったのかと思った。その時は、よくそこまで細かく見る人がいるものだなあと思ったのだ。でもよくよく考えると、山の実体は、分解するならば木と土があるだけのことが多いだろう。山というのは遠くから見たときの総称のシステムのようなものだ。麓から日常見ることのできる300メートルクラスの低山だからこそ山頂の木まで見えるので、このような景色を見ると、確かに木が連なって山の形が形成されているのだなと思う。

ニューヨークでいうセントラルパークに相当するのが、この紫雲山であり栗林公園と思う。東京付近の人なら皇居がそれだと反論するだろうが、そちらはかしこまりすぎていて異なる性格のものだろう。街の中心部に山があるからこそ、道に迷った時に方位を知るための目印にもなる素晴らしい香川県の財産だ。引越して来た当初は、そんな栗林公園の説教を聞いても「意味」がピンと響かなかった。高松市には中央公園は別にあるのだが、こちらの栗林公園こそ日本のセントラルパークであろうと2年経った今になって思うのである。