クリーンでグリーンなリタイア生活

エコピープルでアドラーなリタイア人 Miketoyの75点人生のライフログ

ちょっとした一言が相手を傷つける

Spider-Man: Issue 23 “Life's Many Regret's" - Retribution 13/15

自分の住むマンションのエレベーターで出くわした時に、上階の人から注意を受けた。「今後、私の家族に話しかけないでくれないか」とのこと。家族?、氏の奥さんのことか?エレベーターにたまたま乗り合わせた時に、ダンマリで一階までいるのは、多少気まずいから、エレベーターに乗って降りてきた奥さんと世間話を数回したことがある。別にナンパしようとしていたわけではない(笑)。てか天気や暑さ寒さ程度の話しかしない。

それとは別にこんなこともあった。エレベーターで私が降りてy階に止まり、「x階のmiketoyです。よろしく」と、時々後姿を見かける人だったので自己紹介したことがある。その人の反応は、「y階です」であった。「ええっ!そんなのわかっとるわい!」と心で思ったが、その時も名乗らない相手に傷ついた。y階さんという名前の入居者はいない(笑)。それなら、今後は無視させて頂くと決めた。

同じマンションに住む共同体である人からその種の反応は心外で、自分の存在を認めてもらえないようで今回も落ち込んだ。氏は悪気はないと思うが、不満に思っていることを発したのだろう。ガッカリするとともに嫌な気分も残る。私は決してお節介過ぎではないとは思うのだが、前にもジムで声をかけて傷ついたことがある。

高松に来て2年半で計3回から推測して、高松の人は閉鎖的かどうかはわからない。でも、そうでない人が圧倒的に多いような気はするが、私の方に問題がある可能性もある。ともかく、多くの人はその種の体験がトラウマとなると、臆病になり「貝」になり、引き籠る。それだと、いざという時に周囲に助けてもらえないぞとも思うが、私も出過ぎたことをしたのかもしれない。マンション住人に共同体感覚を求めようと思うのは、幻想なのだろうか。それが結論ならば、ヤドカリは戸建ての家に戻り、また引き籠るしかない。

 

そういう時は、直ちに「私はその言葉に傷ついた」と言った方が良いのかな。以前に米国大統領選でクリントン候補が、オバマ元大統領との論戦で、そう言っていたのは覚えている。アメリカ人は良く使っているのを耳にしたことがある。どこか日本的な表現ではないような気がするが。

自分が傷ついたと言っても、相手の望む理想のイメージがあり、私の理想のイメージとが食い違っているのだから、擦り合わせるのは容易ではないし、結果的に何の意味もない。私も傷ついたのだが、逆に私のちょっとした発した本意ではない一言が不適切で相手を傷つけたのかもしれないから、言葉もそうだが人間関係は難しい。