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クリーンでグリーンな主夫生活

エコピープルでアドラーな Miketoyの75点人生のライフログ

冷静に言えば大多数の人はわかる。でもわからない人もいる

Eric Schmidt! WOW! Welcome Google to Argentina! =)ブログ記事は中立的である「文字」が基本となるから、読者は冷静にその文字に接するであろう。内容にねじれ、矛盾、言葉足らずでない限り、平均的レベルの読者で年代は異なってもある程度の想像力、読解力があれば、理解できるのではと思う。でも全員がそうとは言えない。言葉自体やコンテクストを含めて、わからない人も1割程度はいるだろうから。そんなコミュニケーションの限界をいつも感じてきた。

現役時代に、教えること、伝えることは仕事でもあったのだが、かなり苦労もした。自分が新たな知識を得、それを噛み砕きわかりやすくする、そして丁寧に相手にわかるまで手を変え品を変え工夫して伝える、その一連の作業(特に“丁寧に伝える”ことはそうで、面倒臭くもあった)は、嬉しさを伴っていなかった。もちろん自分なりの努力はそれなりにしたと思うが道半ばで諦めた。一方で傷つきもしたから、お給料のための仕事のようなものであった。今でも同じで、人様に教えるのは上手な人に任せて卒業(中退?)した。そこまで、教える内容、すなわちコンテンツを伝えたいという情熱に欠けていた。だから、吉野彰氏のようなノーベル賞受賞者のライフワークの研究にはなり得なかった。

世の中には、理解できないコトや人はいる。そのようなわかる わからないの分断現象があるのは仕方のないこと。私自身も表面的な受賞理由はわかるが、(関心がないせいもあるが)本質的なところまでは理解できていない。コトでなく、特に事件を起こすような人達は特にそうだ。そんな理解できない相方でも、糾弾せずに許容したい。

でもよ、と言いたくなる気持ちもある。世の中での各種事件、例えば京都アニメーション放火殺人事件の容疑者のリハビリ開始、車いすに座れるまでに回復したという。なぜそこまでして・・と思う私は冷たいのだろうか。原因究明のためだというが、衝動的にしろ計画的にしろ心の中まではわかりはしないだろう。それを教育とか更生で何とかなるとなると考えるのは幻想でしかないと私は思う。年老いて今までできていたことができなくなる要支援や要介護といった状態を含めて未熟な状態がある。「自立」を目指してという立場が熟した状態。強い人の論理だと言われそうだし、自立までを求めるのはその人の状態によっては厳しいかと思う。少数派の自暴自棄的な壊滅的な価値観を持った人達のテロ的な行為は起こるものとして、覚悟を決め、許容せねばならない(と私は思うのだが)。

ともかく、ヒトのココロはわからない。今日のタイトル記事と矛盾するようだが、良い条件である親しい間柄においても、どんなに言葉を尽くしたって、悲観的かもしれないが9割はわからないのではないだろうか。