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クリーンでグリーンな主夫生活

エコピープルでアドラーな Miketoyの75点人生のライフログ

不条理なことを許しすぎる社会に

John Lydon

国際関係、国内発のニュースを見る限り、あちこちで“不条理”な事件が発生している。社会は甘くなった*1、何でもかんでも個性という多様性を認め過ぎるがために、好き放題が許されるようになっているのではないかとすら思える。

私の抱える近隣問題でも同様だ。調停は昨日、内容はまだ整理がついていないので後日に記すことにしたいが、そこに至る前の調停相談の時の相談員と話したのだが、今は不条理なことが横行する時代になってしまい、種々の紛争に陥るのだろうと言っていた。私も同感だ。

 

不条理、理不尽、不合理と似たような言葉があり、いつも混乱する。この頃は辞書を全く引かないでネットで済ますのだが、『人の力ではどうしようもないことが「不条理」です。道理を尽くさないこと ・道理に合わないこと』、とか、Wikiでは、『不合理であること、あるいは常識に反していることを指す。英語の absurd』とある。 一方で「理不尽」は、『理にかなわない仕方で行うこと。その態度・様子をいう。  「理不尽」は、他人の理屈に合わない行動を対象とする場合に用います。 「不条理」は「道理に合っていない」「道理に反すること」、 「理不尽」は「道理を出し切っておらず、納得できない」を意味します。 「理不尽」は「不条理」ほど絶望的ではありません』と解説されているところもある。

結局のところ、これらの区別でもピンとこないが、地震や台風などの自然現象による天災などならば「不条理」、対人トラブルの類は解決は不可能ではないだろうから「理不尽」になるのだろうか。だとしたら、今回の記事のタイトルは、社会は人々の集合体で構成されることから、不条理ではなく理不尽とすべきかもしれない。いずれにせよ、キーとなるのは、「理」に従わない「不」であること。

世には、「理」に沿わないことを許容する人も少なくないわけで、長い時間では徐々に変化していくのだろうが、理不尽な現象は少なくはなれど決してなくなることはないだろう。私の生きているうちに事態が変わることを期待するのは所詮無理というもの。テコとなり得るのは市場経済の原理と同じように、「淘汰」という市場からの撤退(年寄りが老衰で死に至ることを含めた新陳代謝)を待つしかなさそうである。

*1:親などから、お前(私のこと)は、またはお前の考え方は甘い、と良く言われたものだ。その度に自分は未熟なのかなと嫌な思いをしてきたが、今度は説教する立場になっている。本当にそんなことを言える立場になっているかと、かつての人達から怒られそうだが。