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クリーンでグリーンな主夫生活

エコピープルでアドラーな Miketoyの75点人生のライフログ

「頭が良い」人とは「考える」人

日韓軍事協定は継続が困難とのこと。日本は韓国に「賢明な対応を求めたい」と言い続けている。内容的にはもっともな話のように私にも思えるが、現状の韓国の対応は愚かであり、頭が悪いと言っているのと同じニュアンスで上から目線と私は感じる。決して言い方だけの問題ではないのだが、そういう物言いでは、話も平行線に終わるでしょうと思う。自分のアタマで考えよう

私達が、ある人を賢明な人とか、頭の良い人と言った場合は、物事をよく理解できる人というよりは、普通レベルの考え方では解けないような難題を、通常は考えないような視点でキレイに解いてしまうような「考える人」、すなわち色々な方策を考え、解決策を見出せるような人を指していう場合が多いのではないだろうか。“賢明であれ”、“頭が良くあれ”と理想の結果を唱えるだけではそうはならないだろう。その思考プロセスが上記本に書いてある。

そして、逆に「頭の悪い人」と言った場合は、理解力に欠けるという意図で使うこともあろうが、基本的には「考えない人」のことを指していうのではないか。だから、そういう人は今後も考えないで済むように世の中の流れ通りに生きていこうとして、ますます頭を使わなくなるのではないだろうか。

そうだとすると、考えるの大好き人間である 著者のちきりんさんは明らかに前者である。一方で私は、正直にこの場で告白するならば、後者の頭の悪い人に属する。周囲の意見に踊らせれるばかりでなく、自分のアタマで徹底的に考えることが求められているような場合でも、堂々巡りだったり面倒臭くて考えることを放棄したくなることは、しばしばある。関心が低い分野のトピックだと、考えようという気が起こらない側面もあるので、私のように関心分野が狭いのも考えもの。数日前の彼女のブログ記事であった下記の人口減少の問題は、そのための格好の演習問題になり得るものだろう。