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クリーンでグリーンな主夫生活

エコピープルでアドラーな Miketoyの75点人生のライフログ

いい夫婦であること

昨日の11月22日は語呂合わせで「いい夫婦」の日。多くの婚姻届があったようだ。

私達夫婦の場合に意識すると、この1年以上、体幹レーニングのためのストレッチを就寝前に息を合わせながら15分くらいしている。側からそこだけ見ると、いい夫婦に見えるかもしれない。でも、その22日だけではなく、毎日していること。年に一度くらいあらためて意識することは重要かもしれないが、その日だけ特別ということはないはずだ。ということで、「いい夫婦」の実態はどんなものだろうか、何を意味しているのだろうと考えた。

元々は他人だった2人が同じ屋根の下で生活するのは “おままごと” ではないから、簡単なはずはない。あまり考えずとも、うまく夫婦生活を送れる人も中にはいるだろうが、一般的にな組み合わせでの人との出会い、そして波長が合い共に生活するレベルになるのは、とても難しいはずだ。通常は密室の世界で、他人にはわかり得ない。ものごとに慎重な若い人が、結婚などに怖気付くのもわからなくはない(私の子達もいい年なのだがみな独身で、近場での結婚の見込みは薄いのは残念であるが)。

一方で、何も考えずに快楽だけでコトを済まそうとしている人達も、各種の事件を引き起こしているような気がする。彼等には「生活する」ということの重みがわかっていないで安易に対処するからそんな結末に至るのではないか。

共に暮らす組み合わせでは、私の場合は妻ほどストレスのわかない人はいないだろう。だから、感謝すべきなのかもしれないし、それを言葉で伝えることも重要だろう。シニアブログに限らずそう書いている人もよく見かける。私もそれはそうだとは思うのだが、少しだけ違和感を感じる。

 

いい夫婦では、互いの幸福度が高いのではないかと思う。だから、夫に、そして妻に100点満点にすると何点?と聞いてみれば良い。互いに高ければ、ストレスなく一緒に暮らせるだろう。互いに低ければ、不満たらたらなわけだから、いつ破局が来ても不思議でもなんでもない。家庭での幸福は瞬間的、一時的なものでなく、「持続すること」が重要だと思う。

私達夫婦は、どうか。何年か前に妻に幸福度を聞いたことがある。すると85点だと答えた。私は先に聞かれたら90点かなと答えたと思うが、その後にやはり私も85点かなと思い直した。少しの差だが、均衡であるほうが好ましい(笑)。それ以降、ブログの説明には85点人生のライフログとしている。今も85点である(以降は照れ臭いこともあり聞いていない)。ある瞬間を切りとって言うスコアだから、常時高めであれば積分値で幸福度の高い人と言えるのではないか。残りの15点は、夫婦の間だけでは対処しようのない側面もあるだろう。

 

ただ幸福度は高くとも、いい夫婦であるかはわからない。逆は必ずしも真ならずである。幸福度が高いのはあくまで、各個人の「構え」の話。夫婦で築く共同体に貢献することは重要だと思う。それは残念ながら十分にはできているとは言えない。果たしてこれで良いのか悩みもする。だから、自信を持って私達はいい夫婦だとまでは言えないと思っている。

 

いい夫婦の翌日の今日23日は勤労感謝の日だ。私は勤労しているのだが、そのことに他者からの感謝は不要だ。そこへの承認欲求はない。でも、勤労できることには感謝している。そんなこともあり、他者に感謝する、それを求めるというのとは若干、違う気がするのだ。他人がどうこういう問題ではない。夫婦が「互いに」幸せに暮らせていれば良いのではないの?、「感謝」も重要だが「構え」がより重要では?というのを「とりあえず」の私の結論としたい。

Jews and Arabs live together in peace in the Holy Land Israeli Naïve Art by raphael perez