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クリーンでグリーンな主夫生活

エコピープルでアドラーな Miketoyの75点人生のライフログ

相手のどんな反応にもYESを

アドラー心理学で、ピンとこなかったところはいくつもあった。そのうちの一つが、タイトルのこれ。野田俊作著のアドラー本の親子関係で語られていたことだが、子供のどんな将来の選択にも賛成してあげたい、というのがあった。意図はわかる。私達は否定されて嬉しいはずはない。否定されると自ずと、互いに否定のしあいになり、人間関係は悪化していく。野田著本で具体的に書かれてはいないのだが、だとしたら例えば相手の弱みや不安につけ込んだ商売や押し売り、振り込め詐欺グループのような、またテロ組織的などを志願したとしても良いのか、内心でそれはないだろうと思い、ありえない!と反発していた。

当然、そう至らならないよう親としては精一杯の説得は試みるものの、どうしても平行線のままなら最終決断はご本人。今なら相手の立場にたって、粘り強く会話を進めて前向きなイエスを言い応援すると思う。でも決別はせず、必ずフォローはするだろう。根本のところで人間への信頼感が必要だ。

このことは子育てに限らない。私は意識してみると、リタイア後の最近は相手の想いにイエスの立場にたっていることが増えてきた(できているとまでは言い切れないが)。軽度認知症気味である頑なな義母に対してもそうだ。相手の如何なる反応にもイエスを言っていれば、人間関係が悪くなることはまずない。同意を求められている訳ではないので、相手の意見に賛同表明する訳でもない。言っていること事態に、反論もせず、ただああそういう意見なのねとにこやかにイエスを言っているだけ。こちらは中立であり、何も困らない。だから、できるだけ本意を探り、イエスの線で具体案を探し、共に考える(誘導したい自分の側の何らかの下心があると、そうはいかない)。

イエスマンであり続ける訳ではない。間違っていそうな時は、穏やかにそれはね・・と言って諭す(義母の場合は認知症だから事実誤認も思い込みも激しい)。私はあまり大したことはしていないのだが、現時点ではそれができかけている気もし、感謝もされるので少し自信がついてきた。難しいことではない。条件の有無をつける信用と信頼との関係と似ているかもしれない。

まず最初に “良好な人間関係” ありき。それなしに正論をいくら声高にかざしたり恐怖で抑え込もうとしても、説得はできないだろうし心底の納得はない。とことん相手の全体像を理解してあげたい。全て良い人間関係を保ちたいのならそれは重要で、鍵となる態度のような気がする。今となっては手遅れなのだが、子育ての実践時にその “良好な人間関係” が構築できていれば、私の親子関係ももっと上手くいったのになと思う。

Ben Hammersley: Say Yes