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クリーンでグリーンな主夫生活

エコピープルでアドラーな Miketoyの75点人生のライフログ

人が一緒に暮らすとは大変なこと

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今年は海外旅行やクルーズに行った時に、ツアーで同行する様々なご家族に出くわした。シニア世代のご夫婦が多いが、単身やあるいは親娘や友達同士風もいた。

旅行に共に出かけるということは、ある意味で価値観が一致するグループのようなもの。行先の国、そしてその地域にも関心があるということ。また出発地の空港や港も共通だから、戻る基点である生活基盤も地元系の人達ということでも同様。その旅行代金を払うことで納得して参加しているという点でも、経済的観点でも一致しているようなもので、その当事者同士でなくても多くの共通点がありそうで仲間感を感じる。

f:id:Miketoy:20191224055149j:image3日前まで行っていた高松発の中国上海旅行での参加者は20数名。旅行中は同じホテルでバスでの移動なので、マンション生活のようなものだが徐々に顔は認識してくる。中華料理は円テーブルが標準だから(私は少し苦手だ)、食事の時に近くなら会話をすることは昼夜とある。でも名前までは聞くことはないのは、その後に再会することはないだろうからだ。でも、街中のどこかで出くわせば、ひょっとしたらあの時の・・と思い出し、声をかけるかもしれない。

こういうことは、スポーツジムでの知り合う関係と全く同じだなあと思った。表面的なところから、少しづつ歩み寄って会話を深めていく。旅では必ず終わりの日がすぐに控えているから、それ以上に深い会話をすることは少ないだろう。一方で、ジムだと毎週来たりで「終わり」はずっと先だろうが、逆に共に食事をする機会などは極めて少ないだろう。

人との出会い共通点があり、そして表面的な会話を乗り越え、さらに多くの生活分野で波長が合い互いにストレスなく生活できるレベルに至るのは、大きな関門を突破したということを意味するのだろう。夫婦で同じ屋根の下で暮らし、穏やかに旅行に参加しているということは、そういうこと。そうでない夫婦、あるいは2人で暮らすところまで踏み込めない「幸せになる勇気」を持ち合わせていない人も決して少なくはないように思う。人と知り合うということはその入口だが、その先にもっと難しいチャレンジが未来永劫と続くものかもしれないものの、若い人ならチャレンジするに値するこの人生ゲームにぜひ挑戦して欲しい。