クリーンでグリーンなリタイア生活

エコピープルでアドラーなリタイア人 Miketoyの75点人生のライフログ

誰かを信じなければ生きていけない

感染防止のために外食はしないようにしたいと思っているのだが、限界はある。できあいの弁当を買ってきて家で食べる中食はある。だとしたら周囲のお客さんと接する程度は下がるものの、本質的には同じではないかとも思う。素材だけ買えば良いか?それとて生産者、流通業者などいろいろ関わっているから難しいと思う。

今行きつけのスーパーは従業員、及び食材の衛生管理も十分なされていると信じている。もちろん、今後裏切られる可能性は皆無ではないわけだが。食に限らず、医療でも医者を、教育の現場では教師を、赤ちゃんの場合は母親を信じなければ生活していけない。世の中を不信で見ればキリがない。人生もクラくなる。

Supermarket

新型コロナウイルスについて熟知している人は少ないはずだ。政府などには情報は集まっているかもしれないが、それでも万全な情報なはずがない。自分達にとって不都合なことは隠すかもしれないし、事実をねじ曲げて発表するかもしれない。でも最終的には誰の言うことを信じるかということに尽きるのではないだろうか。

政府を信じると言っている人もいる。それはそれで結構だ。一方で、政府の今の方針に異を唱える人は少なくない。そういう人は情報の少ない中で、誰を信じてどう生きるのだろうか?誰かを信じることは不可欠だ(自分だけ・・ということはあろうが)。未来はわからない。いわば実験をしているようなものだから、誰かにリーダーシップを委ね、その人を信じて自分は後についていくかであろう。

そのリーダーを現実問題として選べないことも多い。主義主張の一致する首長のいる地や国を目指して引越しするか?多分それはないだろう。それ以上に各自にとって重要なことはあるはずだ。

全ての人間を不信となっては、その人の人生はあまりに寂しい。誰かを信じること。それが現政権であれば、それは幸せなことである。