クリーンでグリーンなリタイア生活

エコピープルでアドラーなリタイア人 Miketoyの75点人生のライフログ

想定外のリタイアライフ

Unexpected

現役の仕事から退いて、すなわちリタイアして4年経過した。たった4年?もっと長い間経過したのでないの?という気すらある。その後に高松に居を移し、今は契約社員として仕事をしているので完全リタイアでなくセミリタイアであろうからリタイア期前半といったところか。

現時点は安定してきていて、このまま永遠に続いても良いという持続可能な生活になっている。先達から言わせれば、まだ先を十分に見通せていない青二歳の発言と言われるかも知れないが、さらに先への心構えも徐々にできてきた。

振り返れば “リタイア” というものはやはり人生にとっての大きな節目であったのだろうなあと思う。リタイア直後は頭ではわかっていたとしても、そのもたらすものが良く見通せず、気持ち的に不安定な時期で、この間は想定外なことも多かった。実際の各論で生活してみないとわからことはやはり数多いので、それについて触れてみたい。

この記事を書いたリタイア前後に一番の不安だったことは、果たして今の手持ち資産だけで暮らせていけるか、その経済生活の基盤であった。リタイア前に想定した見積もりに誤りがあれば生活は破綻するという不安はとても強くあった。手堅い収入源である年金、でもその額が確定するまでとても不安であった。支出の面でも、所得に変動する税金や介護保険などの社会保険が引かれてどのくらい残り、預貯金とその年金範囲で生活していけるか。さらに老後の想定外の支出、予期せぬ病気や怪我で健康破綻はしないかということ。周囲へ経済的援助が必要かどうかなど、不確定要素は未だあるが、基本はこのまま続いていくもの。今の蓄えと併せれば、何とかゴールまでは無傷でいけそうだ。

結果的には、私の場合は心配にあらず、国がきちんと保障してくれる社会保障のシステムで、それに乗っていれば良いと実感できている。それがないと、老後は不安を抱えたままで暗くならざるを得ないだろう。

 

移動の手段としての乗り物だ。それまでのプライベートの移動は車をもっぱら使っていたが、15年乗っていた車をこの機に手放した。

コンパクトに生きるが狙いであったし、そのためにリタイア前に取得した小型自動二輪車免許。これが意外と快適。以前に乗ったことのある50CC原付と125CCの差を見せつけられた。堂々と道路を走れるのが良い。競争しようとしたって、加速性能から4輪車に負けるはずはない。もちろん、二輪車故の制限で諦めざるを得ないことはある。ノーペイン、ノーゲインである。運転技術に66歳とは言え、衰えはまだない。

 

懸命な職探し、これはあちこちでのダメだしに耐えて結果的にマンション管理員として安定を得た。最初は派遣会社の代行管理員、その後に幸運なことに目星をつけていた物件に携われることになり良かった。家からもほどほど近いし、時間もキツくない。幸運に恵まれたと思っている。あと数年、全く問題なくこなせていくと信じるが、私の場合は契約社員としての仕事はなくても良いオプションである。生活のためにしているというより、社会とまだ関わって、存在感のためということか。精神的な支えになっているし、その手の現場労働への理解や連帯意識も芽生えたので、世間への理解は深まった。

 

スポーツクラブ。お金をかけてジムに通うなどとは、想定していなかった。いや、少しはあった。でも、筋トレのイメージで、今のエアロビクスのように楽しんで行けるとは思ってはいなかった。全く初心者で、この手の運動には決してついていけないだろうと思っていた体験レッスン時。それが、中級クラスで、それなりにできるようになっているのが自分でも不思議なくらいだ。今後も確実に続けていく趣味活動にまで転換したことの一つ。

 

旅行に関してはマイペースで以前から継続はしていた。日々のブログ書きも同様。ガーデニングはリタイアを見据えた上で始めていたが、これも女々しい趣味だと思っていた。マンションでもベランダでそこそこできることもわかった。最近始めたことに料理作りがある。これも大きなパラダイムシフトの一つ。数週間前に料理作りへの目覚めの関連記事を書いたが、まだ意欲は継続している関心事項の一つに昇格し、禍福が転じている。料理とガーデニング、女がすべき女々しき家庭での日常的活動という囚われから脱却して関与しているところ。

 

それ以外にもう一つ、リタイア前には全く想定もしていなかった今年になって始めた重いコトがあり、それも同様だが、それに関して次回の記事で。