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クリーンでグリーンな主夫生活

エコピープルでアドラーな Miketoyの75点人生のライフログ

私の話を聞いてくれる唯一の人、それはカウンセラー

Run away from the vortex, now

カウンセリングは2週間に1度の頻度で、今まで3回実施していて、生活のリズムとなりつつある。

 

私の話を真摯に受け止めて聞いてくれる人、それがカウンセラーである。まだ開始して間もないけれど、満たされない気持ち、そのモヤモヤ感をこの場で話していく。

 

その過程で、私の癖に気づかされる。そのフィードバックをもらえるのは参考になる。というのは、私の妻に同様なことを求めても、十分に説明してくれなかったり、黙ったりされる。

矢継ぎ早で、ペースが早いこと。自分の中での完結、相手の消化できる余裕がないというパターンも見えてきた。妻からも指摘はされるが、カウンセラーにも早々に指摘された。

また、相手の持つ前提との食い違いによる、違和感の存在にも気づかされた。それがコミュニケーションがよく機能しない要因かもしれないと思い直している。

 

さてその内容だ。カウンセリングの取り掛かりは親子関係の不全感だが、その理解者を妻に期待し続けていた。長い間、一緒に暮らしている妻にわかってもらおうと思い、子に対しての違和感を語ってきた。親子の “満たされな感” を少しでもわかってもらいたかったのである。

しかし通じない。難聴にもなってきているから、話が聞こえていないこともある。それ自体が、親子問題とは別の夫婦関係のモヤモヤとなっている。どこか共通はしている。近しい関係なのにも関わらず、通じない欲求不満なのである。

他人なら通じないのは当然だと思っている。でも近しい関係でもそうであるのは悲しい。何で一緒に暮らしているのだろう?と時折、疑問が湧いてくる。そうなると他の誰にも自分のことを分かってもらえることを期待できない、孤独そのものではないかと。もしかしたら、追って芋づる式に関連して出て紐解かれていく話かもしれないが。

 

この複雑な事情を理解して紐解いてくれる条件の整っているのは、Sカウンセラーの他には候補は浮かばなかった。

男女は異星人だから、究極は性差で解り合えないだろう。だから私の場合は男性カウンセラー。また人生の深みの話を若いカウンセラーに話して・・という気にもなれないから、私より人生を重ねているプロの人。極めて数少ないと断言できるその役をSカウンセラーに受けていただいたのだ。

それとて、ビジネス入札ではないから、やはり相手方が受けられないと断られるとお終いだった。カウンセリングはカウンセラーとクライアントの共同作業、その合意のもとで進められる。だからある意味ではビジネスの関係でもある。選択権は双方にある。話がまとまればめでたしめでたしで、はじめてスタートできる。

 

繰り返しになるが、本来なら私の話を聞いてくれる人はカウンセラーでなく、配偶者であって欲しかった。しかし、無い物ねだりをしても仕方ない。Sカウンセラーは逃げない・・、だからこそ高額なカウンセリング料の対価を払うのだ。

 

カウンセラーから前回もらったメッセージの1つは、日常に楽しみを見出すこと。これはOK。もう一つは、抱えているモヤモヤはこのカウンセリングの場で吐き出すこと。そう言われて、私はやっと私の話に耳を傾けてくれる人がいたと安堵したのだった。少しずつだが、前に向かって進捗している気にさせてくれる。適当な人が見つかって良かったが、見つからないままだと、天涯孤独なまま終わったかもしれない。これで私もやっと救われる・・と思ったのだった。

今日はそのカウンセリングの4回目である。