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クリーンでグリーンな主夫生活

エコピープルでアドラーな Miketoyの75点人生のライフログ

3月は新たまねぎと新じゃが

NHKきょうの料理の今週の放送は新たまねぎと新じゃがいもの特集である。

NHK きょうの料理 2021年 3月号 [雑誌] (NHKテキスト)

月曜から水曜までの番組を一通り視聴した。我家の毎日の食卓にはこの一、二週間は、新じゃが、新玉ねぎ、そして春キャベツが並ぶことだろう。そのために先の週末にスーパーでそれらを大量に購入してきていたのだ。それでも他の食材が足りない、買ってこなければ・・と思ったりするのだが、講師が別の代替品でも良いですと言われ、そうとわかると自由度が増して俄然作ろうという気になる。

 

もう一つ旬のキャベツがある。しかし、たまねぎとじゃがいもとは異なり新キャベツとは言わず春キャベツだ。ニンジンも同様で、新ニンジンでなく春ニンジンというが、ごぼうは新ごぼうだ。「なぜか、違いがあるのか?」と妻に聞くと、理屈っぽいとうるさがれる(笑)。

私は統一感を持ったほうが理解しやすいと思うのだが。あるいは、新キャベツとは別の意味が春キャベツにはあるかもしれない。私はその種のことに頑固なのか例外の存在があまり好きでない。以前にスペイン語を少し勉強したのだが、例外がありすぎで覚えるのが大変過ぎ、私の直感では文法通りにいく使い方は8割程度だ。英語やドイツ語は比べれば少ないのではないか。日本語も例外は多いかもしれない。当て字も同様だ。秋刀魚をなぜ「さんま」と読むのか、そういう当て字は無茶苦茶で理解できない。こういうのが試験問題で出たりするから問題だ(笑)・・と私は思う。

生きた言葉であるなら、例外があり過ぎでも受け容れざるを得ないとしても不満は残る。だから、学習途上でスペイン語学習は放棄したのであった。良く知らないけれど、人造語であるエスペラント語に例外はないのではないだろうか?

本来ならスッキリと理解できるものを、わざと複雑にして仕事を作り出す、世の中でも似たようなものである。例えば、社会保障制度をベーシックインカムの制度にすれば単純明快なのだが、それを年金、健康保険、生活保護と色々な組み合わせで制度を複雑にし、例外を設けたり重複の可否をケースバイケースで設けたり、現場の運用に任せたりである。

まあ、この分野は専門家でないので、1人の偏屈シニア男の意見でしかないのだが。