にほんブログ村 ライフスタイルブログ 丁寧な暮らしへ にほんブログ村 シニア日記ブログ 60歳代へ

クリーンでグリーンな主夫生活

エコピープルでアドラーな Miketoyの75点人生のライフログ

掃除した?していない?

清掃員の仕事をしている。ゴールデンウィークの後は暦通りの出勤であったが、この種の仕事ではこの時期の掃除は忙しい。掃除は「した」か「しない」かのどちらかである。私の仕事においても業務のチェックリストに作業項目を並べてあり、都度したものには⭕️をつける。でも項目自体が現場を良くはわかっていない人がリストしているから何が何だかわからないことがある。例えば、「ドレイン清掃」、やり方でも「拭き掃き」は具体的には何を意味しているのか等々。

それは別として暦通りの仕事で、ゴールデンウィークのように休みが重なる掃除仕事となると、休み明けまで放置状態のままである。その間はゴミは落ちたままだし、汚れがあっても処置する人は普通はいないから、そのままである。

だから、年で一番忙しい時というのは本当で、それとともに達成感はある。さらに、水道料金計算や植栽への水遣り、また今の物件のようにゴミの収集お手伝いまでをするとなると時間がとられて、休み前までの原状回復だけでも結構時間をとってしまうので忙しいのだ(今の仕事ではそれはない)。

ANDELET   -   TRIBUTE TO A GOOD FRIEND   -   HOMENAJE A UN BUEN AMIGO

ではどうしたら、掃除をしてもらっていると感じるのだろうか。

紙袋や洗濯物などの人工物、これは取り除かねばならない。必須項目だろう。居住者の目に付きやすい虫の死骸も同様だ。

共用廊下などの下地が黒っぽい床であるならば、白い埃など目立つ。箒ではなかなか取り除けないので、こすりとる必要がある。

 

清掃員のセンスだが、気づく人は気づくし、そうでない人は放置したままとなることも多いだろう。人によると言えるし、各自の好みにも影響する。だから複数人数で関与となると、好みが衝突することもあるので、その擦り合わせはあまりしたくない。平均的な衛生観念が一致していれば良いが、そうでないとどちらかが折れることにしばしばなる。この手の共同作業は、ストレスの素だからできればしたくない。自由に好むまましていいよ、と言いながら細かいことを言われると、ダブルバインドメッセージになる。こういうことも実際には多いはずなので、私は単独の仕事を好むのだ。

たまたま仕事のコンテクストで述べたが、それは自宅の掃除においても同様である。