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クリーンでグリーンな主夫生活

エコピープルでアドラーな Miketoyの75点人生のライフログ

積極的にシェアしたい人

読者は 日常で何かコトが起こって、積極的にシェアしたいコトあるいはシェアしたい人はどのくらい存在するだろうか。それは親しい友人や親子の間ではあるのかもしれない。私は積極的にシェアしたい人は ほとんどいない。

 

仕事をしていて感じることがある。役割を遂行するだけの人だ。タイプ1としよう。だから他の誰でも良い。会社として、その人が辞めれば人材を募集して、適当な人を採用して人に任すというわけだ。だから、条件が合えば他の誰でも良い。その人でなくてもだから挨拶や無駄口を聞かなくても、楽しくなくても役割、機能を着実に果たすことをしてくれれば、それで良い。それだけのこと。私の今の仕事はそうだし、他者にも機能を果たすような期待をする。

でも、その人でなくてはならないこときや場合もあるだろう。その人だから醸し出す雰囲気、職場の楽しさのようなものだ。だから、たとえ仕事上のミスが多発しても、極端に言うなら たとえ組織としての機能を果たさなくてもそれはそれで良いのだ。タイプ2としよう。

タイプ2を求めている人や組織もあろうし、そうでないところもある。それが「誰でも良い人」と「誰でも良くない人」との違いなのだろう。

私は仕事の場では無駄口は不要なことで(それが苦手だということもある)、内心ではタイプ2を批判しながら、職責として掲げられた機能だけを黙々とこなせば良いと割り切って過ごしている。

Conversation

仕事外で同じようなことは雑談の世界でよくあること。例えば、「ワクチンうった?」とか、「新しくスーパーできたね、行った?」とか、「この前の地震結構揺れたね。大丈夫だった?」とかの類の会話だ。

その問いかける人は、その言葉を発する人に対して果たしてシェアしたいのか、相手に関心があって聞いているのかどうかわからない。そのシェアを何人ともしたいのだろうか。私はよくわからない。シェアを私はするとしても一回だけで良いのではないかと思っている(それも一緒に暮らしている妻だけで良い)。となると、他者と会話はなかなか発展しない。それ以上に何度もシェアすることはあっても、何か義務感で会話しているような感じも残るのだ。

相手に関心があって問うているのか、どうだろうか。私はあまり他者に関心がないから、社交的な会話は基本的にどうでも良いのだ(重要なことは話してもらわないと困る)。となると、あえて会話をしようとも思わない。でもずっと黙っているのも 間が持たないので、近くの人と義務的な会話をすることがあるが、そんな時は あまりワクワクしない。おそらくありきたりの反応が返ってくるだけ。スポーツジムでの会話はそんなものだろう。

でも関心のある人(友達のような?)になら積極的に聞きたいと思うのだけれど、そういう人はあまりいないのは やはり少し寂しい。