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クリーンでグリーンな主夫生活

エコピープルでアドラーな Miketoyの75点人生のライフログ

争いごとは 自分が先!という主張

Hurry!

現役時代は忙しかったこともあるが、ものごとの「序列」にはセンシティブであったと思う。いわば、縦の関係である。今も私自身の心の中にはその傾向はなくはないが、ずっと減っている。リタイアした今ならコンテンションするくらいならば、アドラーを学んだ今なら その競争は降りるだろうから。

 

世の中のトラブルの多くはそれではないかと私は思っている。争いごとの多くは、ノロノロするなとか 自分が先だ!という主張ではないか。条件が同一なら、抽選とか明示的にされていない限り先着順が原則だろう。なぜ自分が軽んじられねばならないのか。道路でも自分が先に並んでいるとしたら、交通ルールは守るしても、他者の割り込みを許さない。お前は後だろう!という(怒りを多少含んだ)もっともな主張である。私も良くやっていた平等主義に基づく行動だ。

クラスの定員制になったスポーツジムでもよく見かける風景だが、基本は先着順の定員のあるクラスに参加する切符をとるために通路を我先にと走る。ライバルであり同僚を蹴落としてでも、名前の上位に書きたいということだろうか。自分が先だ!という少し見苦しい行動では?と思う。

皇室のような一部の例外を許すと仮定しても、基本は平等であるはず。特権階級がで早期に優先的にビザをとれたり、豪華なマンションに住み護衛がつくのとは訳が違う。一般人となった小室夫婦の今後の行方は、野次馬としては関心がある。特権階級でないのに、ずるいと思うかもしれない。何らかのハンディキャップを負った人が、自分も同じように扱え!というのも平等主義なのであろう。このフェアというのも1つの価値観で、押し付けるべきではないものなのだろうか。